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池上線

 

2016年8月に東急池上線沿線の戸越銀座駅近くに坂井市のアンテナショップがオープンしたこともあって、昨年も何度か池上線に乗車する機会がった。

池上線は都会にありながら都会っぽくない鉄道だ。東京でのサラリーマン時代、アルバイトで講師をやっていた学習塾が池上線沿線の石川台駅近くにあったため、週に一回だけだが五反田から石川台まで池上線を利用していた。

当時は上の写真にあるような緑の電車で、無機質な感じがする東京の鉄道の中にあって、走る電車に風情を感じる数少ない鉄道だった。最近では線路沿いに高層マンションが立ち並んでいるが、当時はまだ古いアパートが多く、途中にある洗足池も電車から一定の時間眺めることができた。

そして池上線を語るときに忘れてはいけないのが西島三重子さんが歌う池上線の切ないメロディーだ。純粋な恋と別れのハーモニーを奏でているこの曲が何とも池上線とマッチする。コロナ禍で当面は東京に行くことがままならない状況だが、今度乗車する時は「お上りさん」だと言われようが、この曲を聴きながら電車に揺られてみたいと思う。

author:辻ひとし, category:エッセイ, 12:51
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『いちご白書』をもう一度

 

その映画『いちご白書』は見たことはないが、バンバンが歌ったこの歌はとても好きだった。だが後に社会人になって改めてこの歌を聴いた時、歌詞の中で疑問に感じる箇所があった。

 

 「就職が決まって 髪を切ってきた時 

  もう若くないさと 君に言い訳したね」

 

当時若者の長髪は当たり前だったが、一般的に大学生は就職試験の前に髪を切るわけで、この主人公のように就職が決まってから髪を切るというのは不自然だ。ちなみにこの歌の作詞は荒井由実さんで、天下のユーミンに文句など言える身分ではないが、ばんばひろふみ氏もこのフレーズについては妙な印象を持ったと語っている。

 

いずれにしてもこの歌は、学生運動を経験したものの挫折し、卒業後は会社の歯車となって働くしかなかった若者たちへの鎮魂歌なのかもしれない。だがユーミンがこの歌を作詞したのが20歳の時であることを考えると、やはり彼女の天才ぶりに感心するしかない。

まぁいつ髪を切ろうが、それが鎮魂歌であろうがなかろうが、それはどうでもいいことで、私にとっては聴くだけで大学時代の友人の顔が懐かしくよみがえる「思い出のメロディー」なのだ。

author:辻ひとし, category:エッセイ, 22:53
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お盆

 

盆のお墓参りは本来盆の入りである13日に行うべきものと聞いたことがあるが、我が家では記憶する限り毎年15日に行っている。今日も午前中に辻家の墓と母親の実家の墓参りをした。春江にある母親の実家では、いとこ同士がお盆の墓参りの日程を15日に調整したうえで参集し互いの生存確認を行っている。

小学生の頃は墓参りしたその日はそのまま宿泊し時間の経つのを忘れて遊んでいた。年を取った現在は昔話に花を咲かせた後三々五々解散しているが、最近ではLINEという便利なアプリもあるので、何か身辺に変化あればすぐに報告することができたりする。

 

今日は72回目の終戦記念日。先の大戦において尊い犠牲となられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

author:辻ひとし, category:エッセイ, 14:37
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海の日

 

小学生の頃、夏休みが待てなくて近所の子らと自転車でサンセットビーチまで行くことがあった。しかし海に行くのは親と一緒でないとダメだと学校から言われていたため、せっかく海辺まで行っても実際に海に入ることはなかった。今考えれば、遊び盛りの子どもにとって、海に行ったのに海に入ることができない「おあずけ」は過酷な話だったと思う。

夏休みに入り、子ども会などの行事で(もちろん親も一緒に)サンセットビーチに行くときなどは、もう何日も前から楽しみで楽しみで眠れない日々だった。

お昼時に浜茶屋で食べるものは何でも美味しかった。さんざん泳いだり遊んだりした後だから空腹の絶頂だったのだろう。デザートととしてかき氷を食べている時は至福の時間だった。そしてその後はまた海へ。汗ばんだ体で帰宅したあとは銭湯に直行、湯船につかると背中にピリピリと刺すような痛みが走った。私にとって帰らざる昭和の光景だが、若い皆さんはこの夏を大いに楽しんでください。

author:辻ひとし, category:エッセイ, 22:35
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新年度のスタート

今日から新年度が始まる。ただし、土曜日であるため市役所はもちろん多くの会社で新社会人が実際にスタートを切るのは週明けの3日(月曜日)になるのだろう。

 

また今日から坂井市内に時を告げる防災無線のチャイムのメロディが変わっている。朝と昼が市制10周年を記念して制作した坂井市のテーマソングであるヒナタカコさん作曲の「しあわせの花」に、夕方と夜が坂井市出身の作曲家である今川節の代表作「ペチカ」となる。

author:辻ひとし, category:エッセイ, 11:38
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聖地巡礼

アニメファンにとって「聖地巡礼」とは、アニメや漫画の舞台となった土地を訪ねることらしい。私の場合、最近のアニメは分からないので、昔のアニメ(または昔からあるアニメ)の舞台で自分が行ったことがある場所を探してみた。

まずアンパンマンやドラえもんの舞台は実在のものとは考えにくいし、サザエさんの舞台も実在しないとのこと。また、ガッチャマンや鉄腕アトムも舞台が特定できない。
いろいろと考えた挙句、アニメの舞台で実在して、私が訪れたことのあり、かつ現存する場所が一つだけあった。
巨人の星で登場する甲子園球場である。巨人の星が放映された頃の甲子園と比べれば多少リニューアルされていると思うが、40年前から今の場所にあることに変わりはない。

今年も間もなく夏の高校野球の県予選が始まる。球児たちの熱闘を期待したい。

author:辻ひとし, category:エッセイ, 22:17
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七夕の願いごと



やっぱり家族の健康、みんなの健康。それに尽きます。

author:辻ひとし, category:エッセイ, 22:50
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ユースホステルの思い出

若い方はご存じないかもしれないが、1970年代の朝日放送のバラエティ番組に「プロポーズ大作戦」という1時間番組があった。番組は2部構成で、前半部分は旅先などで会った人ともう一度会いたいという視聴者の願いを、桂きん枝扮するキューピットが見つけ出して対面させるというもので、横山やすしの「神の御前にて身を委ねたる、〇〇殿の願いを叶えたまえ〜」と念じた後に、西川きよしの「さあ、どうでしょう」というセリフとともに、会いたかった人がステージ横のの特設カーテンから登場するという構成だった。
そして番組の後半部分(番組スタート時は前半部分のみの30分放送だった)は、フィーリングカップル5対5という男子大学生と女子大生の集団お見合いみたいな内容だった。

さて前半部分の人探しのエピソードの中で多かったのが、旅先のユースホステルで出会った素敵な彼(彼女)にもう一度会いたいというものだった。

前置きが長くなったが、70年代、旅する若者の宿泊先と言えばユースホステルが定番だった。だが私はこのユースホステルというものが苦手だった。
高校・大学を通じて何度も友人らとともにユースに宿泊したが、当時は宿泊者同士でミーティングと称するものが行われ、各自の自己紹介に続いてゲームやトークが行われ、みんなでフォークソングを歌うこともしばしばだった。(ギターを持っている男が必ずいた)
そのミーティングの中で日本各地でいろんな出会いが生まれたのだろうと思うが、私はユースで行われていたミーティングにどうしても馴染めなかった。

だいたい旅先において私がどこの誰であろうとそこに居合わせた人には関係がなく、やりたくもないゲームや歌など大きなお世話だった。部屋に隠れていた時もあったが、たいてい発見されミーティングに引っ張り出された。

しかし50歳を過ぎた今、あれはあれで結構おもしろかったんじゃないかと思うようになった。携帯電話もパソコンもインターネットもない時代、ユースのミーティングこそが旅先での娯楽であり情報交換の場だったと思う。
もっと積極的にミーティングに参加していれば、私にも素敵な出会いがあったかもしれない、などと考えてしまうが、そういうことを感じること自体、年をとった証拠なのかもしれない。

ちなみに現代のユースホステルはミーティングがなく、飲酒も自由で個室に泊まれるユースも増えているという。ギターを持った男も今はもういないと思う。さんざんミーティングを嫌っていた私が言うのもなんだが、ちょっとさびしい気もする。

author:辻ひとし, category:エッセイ, 22:07
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